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    【校史】昭和42年、野球部が春の甲子園に出場!

     21日から選抜甲子園が開幕しますが、我が光星野球部も48年前に選抜甲子園大会に出場したことがあります。『光星50年のあゆみ』に、当時の野球部員だった前野球部監督・山森博行先生が思い出を寄稿されていますので、ご紹介いたします。

    甲子園-1

     昭和42年3月、野球部は第39回選抜高校野球大会で甲子園へ初出場した。創部以来29年目の快挙であった。

     前年、夏の大会終了後、新チームは高木主将を中心として、奥村、五十嵐両先生の指導のもと、早朝、放課後と激しい練習に励んだ。幸いなことにエース川田以下そのほとんどが夏の全道大会を経験しており、チームの仕上がりは早く、猛練習を耐えた自信と投打の実力を備えて秋季大会に臨んだ。札幌地区予選で宿敵北海高校を接戦の末5-4で破り、大きな抱負を持って全道大会に出場。
     1回戦不戦勝、2回戦池田高を7-1、準決勝富良野高を5-0の大差で撃破、決勝では網走南ヶ丘高を8-1と、川田の力投とチームの強打で退け、念願の初優勝を果たした。昭和13年の創部以来、29年目にしての待望の全道制覇であり、同時に選抜大会出場を確実にした優勝であった。
     出場できる喜びと甲子園野球への不安の中で、長い冬期間の練習が繰り返された。体育館でのマシーンを使ったバッティング練習。雪の上でのランニング。拓銀室内練習場を借りての実戦練習。それは厳しいけれども「甲子園」が楽しいものにしてくれた。
     春日井市での合宿で調整して甲子園入りしたチームは、大会第2日、小雨の中、第2試合で大阪城南学園、姉妹校明星学園などの友情応援を背に、四国一の強打を誇る新居浜商と対戦した。
     前半、接戦を展開したが、新居浜商合田投手の制球力、配球の巧みさの前に、そして「甲子園」独特の重苦しい雰囲気の中に、最後まで自分たちのペースがつかめず、0-6で敗退した。
    (『光星50年のあゆみ』より 31期 山森博行先生)

    甲子園-2

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    8: by 花野 on 2015/05/14 at 15:25:52

    高木先輩曰く、夏の出場にも自信があったので、甲子園の土は持ち帰らなかったそうです。多少の後悔あり…。

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