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    元野球部監督・山森博行先生(31期)、「育成功労賞」受賞

     長らく光星野球部監督を務められた山森博行先生(31期 社会科担当)に、このほど日本高校野球連盟と朝日新聞社より「育成功労賞」が贈られることとなりました。
    同賞は、高校野球の育成や発展に尽力した人に贈られるもので、授賞式は夏の全道大会開会式に行われるそうです。

    山森先生

    安田晴久さん(48期野球部OB)からのお祝いの言葉「山森先生、全国高野連•朝日新聞社『育成功労賞』受賞おめでとうございます。先生の長年の功績が評価され、私達教え子としても感慨深いものがあります。これからも、我が光星高校野球部のために先生の経験を後輩達に伝授していただき、我々OBの夢でもある甲子園出場に先生のお力をお願いします。
     先生との思い出と言うかエピソードですが、実は山森先生は運転免許がなく、私をスカウトするために、わざわざ当別町青山中央中学校までタクシーで来て下さったのを今でも記憶しています。私の現役時代には甲子園出場の夢は叶いませんでしたが、毎日の厳しい練習を通じて人間として成長する事ができたと感謝しております。これからもお元気で毎年のOB会でお会いできる事を楽しみにしております。この度の「育成功労賞」受賞誠におめでとうございます。」

    また、山森先生の人となりを、朝日新聞紙面より以下に転載させて頂きます。
    ●元札幌光星監督 山森博行さん(65)
    ■選手の人間形成、指導貫く

     札幌の中学校を卒業後、高校野球の強豪、愛知・中京商(現中京大中京)に入った。1年生だけで部員は約100人。自分よりうまい選手が世の中にどれだけいるか、思い知らされた。
     翌春、札幌光星に入学し直し、1年秋には野手として全道ベスト4入り。年齢規定で2年夏が球児としては最後になったが、その秋、全道大会で光星は優勝し、翌1967年春の選抜に初出場した。
     大学卒業後、母校でコーチを経て監督に。2005年に1年間部長を務めて部を離れるまで、光星一筋。指導歴は30年を超え、1977年の南北海道大会では4強に駒を進めた。
     選手には、野球を通じた人間形成の指導を貫いた。「私自身、野球に育ててもらった。野球を取ったら何も残りません」と笑う。
     道高野連審判部幹部として約17年間、若手審判員の育成にも尽力。選手としてはかなわなかった夏の甲子園に審判として立った。98年夏の甲子園、延長15回で「サヨナラボーク」を宣告した主審の毅然(きぜん)とした判定が心に残る。「相手守備への妨害など、ルール違反には厳しくあるべきだ。きちっとした野球で選手を育てて欲しい」
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