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    【光星の謎Ⅲ】なぜキノルド司教は光星をマリア会に移管したのか?

     前回、【光星の謎Ⅱ】(http://koseidosokai.blog.fc2.com/blog-entry-92.html)で難産の末、誕生した光星でしたが、キノルド司教は昭和21年、光星をマリア会に移管してしまいます。その背景に何があったのでしょうか?

    キノルド司教kujira


     キノルド司教は、大正5年、ローマに渡りローマ教皇(法王)であるピオ11世に謁見します。ここで中学校創立の計画を言上して激励のお言葉を賜り、中学校設立へ向けて動き出します。

     布教のために設立された学校をミッションスクールといいますが、すでに日本ではカトリックの各会がミッションスクールを設立していました。司教が所属していたフランシスコ会は学校経営のノウハウが乏しいこともあり、司教は学校経営を、ノウハウを持っている会に依頼することにしたのです。

     聖心女学校の聖心会、上智大学のイエズス会、白百合女学校のポーロ会、双葉女学校のサンモール会、育英高校のサレジオ会、ラ・サール高校のラ・サール会などがありましたが、司教は東京・大阪・長崎・横浜で中学校経営を成功させていたマリア会に注目しました。

     暁星中学にマリア会のヘンリック管区長を訪ね、「無償で土地を提供するので札幌に学校を創設していただきたい」旨を掛け合いますが、色よい返事がもらえません。第1次世界大戦のため、マリア会も人員が手薄になっていたという事情があったようです。何度も粘り強く掛け合いましたが、徒労に終わりました。それで、まずは開学し、ある程度の軌道に乗った所で改めてマリア会にお願いしよう、と考えました。

     難産の末、誕生した光星ですが、やはり学校経営はフランシスコ会には大きな負担となりました。司教は粘り強くマリア会に交渉を続け、昭和13年、ついにマリア会の了承を取り付けるに至りました。

     しかし、一部父兄の猛反対などあり、実現までにはさらに年月を要し、マリア会会員の片岡小一郎先生が第3代校長として派遣されたのは、時に昭和17年のことでした。

    片岡校長001_kujira

     ローマ教皇に直接励まされれれば、学校経営も自らの手でと、力が入りそうなものですが、キノルド司教は長期的な展望を描いて光星を設立したことがわかります。司教の行動をまとめますと、①私利私欲を捨て布教を第一義とした、②目的と手段を取り違えず学校経営はノウハウを持つマリア会に任せた、③思い描いたプランが頓挫すればすばやく別の道を探り、時を待つという柔軟さがあった、という点でしょう。

     キノルド司教のこんな生き方が光星80年の礎を築き、その戦略性は、現代に生きる我々にも大きな教えを与えてくれるように思います。
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